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ヘヴンズブルー2:第3話

 
 そんなふうにナオがなんとなくの不安を ─── 和臣の気持ちに対する不安を感じたまま、日々は過ぎて行った。
 
 和臣は明らかにナオを避けるようになっていた。ナオと暮らし始めてから、和臣は仕事を終えると一度マンションに帰ってナオの作った夕食を摂り、ヘヴンズブルーに二時間ほど顔を出す、という生活サイクルになっていたが、その夕食を「仕事で食ってくる」と断るようになった。
 
 朝は昼前にコーヒーだけ飲んで出かけてしまうので、夕食を一緒にしなければ必然的に一緒にいる時間も会話も減る。また、十一時過ぎに帰宅しても、機嫌の悪そうな顔で書斎に引きこもってしまう。
 最初、和臣の態度がおかしいと気付いた頃 ─── レイと食事に行った頃 ─── は一週間のうち二日ほどだったそんな日が、三日、四日と増えていき、三週間も経つ頃にはほとんど毎日のようになった。
 
 もちろん、ナオの不安は増していった。それでも時折り酔った和臣に気まぐれのように抱きしめられ、「どこにも行くな」と囁かれるのは嬉しく、その時だけは不安が消えた。……翌日、いつもよりさらに不機嫌になった和臣に突き放されるような態度を取られたとしても。

 ナオは懸命に不安に蓋をした。
(レイも、ああ言ってくれてるんだし、……大丈夫。大丈夫……)
 そして、和臣に直截聞き質すこともないまま、時だけが経っていった。
 
 その電話があったのは、ナオが和臣の様子に不安を覚え始めてからひと月後だった。
 電話の主は「成沢 繁之の秘書をしております。黒川といいます」と名乗った。男の声だった。
(なるさわ、……臣さんの、お父さん)

 電話があった時、和臣はすぐそばにいた。以前ならば聞き耳を立て、電話を切ればすぐさま「どうした、誰からだ」と訊いてきたのに、今は携帯電話を耳に当てている自分からすっと離れて行ってしまう。
 
 まるで、電話の相手など興味もないように。
 ナオは、背中を向けて自分の書斎に入っていってしまう和臣の後ろ姿をそっと見つめた。黒川という男の言葉もろくに耳に入らず、気が付けば会う約束をしていた。

 
 
  

 
 
 
 指定された店は繁華街から少し離れた小ぢんまりとしたカフェだった。あまり客もおらず、冷房の効いた店内に静かに有線放送の懐かしい歌謡曲が流れている。
 
 ナオがドアを潜ると電話で話した人物らしき男が立ち上がった。黒いスーツに目立たないネクタイと一見ビジネスマン風だったが、雰囲気がサラリーマンとは違う。中肉中背で二十代後半くらいの彼は、どこと言って特徴のない顔の小さな目でナオを見とめ、一礼した。ナオも目顔で頭を下げる。

「……遅れてすいません」
「いえ、私が早く来たんです」
 柔和に言った男は元の席に座り、正面に座るようにナオを促す。ためらいながらもナオは従った。

「コーヒー、……アイスでよろしいですか」
「はい」
 オーダーを取りに来ようとしていた店員に、男はアイスコーヒーとホットをひとつずつ注文してナオに向き直った。

「初めまして、ですね。実は何度か拝見しているのですが、こうしてお会いするのは初めてだ」
「はあ……」
 答えようもなく、ナオはあいまいに返事をする。

「黒川と言います」
 黒いスーツの内ポケットから名刺入れを取り出した男は、ナオに一枚を差し出した。
「……黒川さん」

 名前を復唱しながらナオはその名刺を観察した。肩書の最後に私設秘書とあるのが目を引く。
 ナオの視線に気付いて黒川は頷いた。
「電話でお話しさせて頂いた通り、成沢 繁之の私設秘書をしております。とはいえ、あの方ももう政界から身を引いておりますもので大した仕事はございません。体のいい住み込みの雑用係です」

「ええと、……和臣さんの」
「はい。こうしてお越し下さったからにはご存知かとは思いますが、成沢は成沢 和臣の祖父です」
 
 実際には、愛人に産ませた和臣を認知するのが憚られ、無理に次男夫婦の養子として籍に入れたのだ、と当の本人の和臣から聞いたことがある。どうでもそれぞれ、祖父、孫として押し通すつもりらしいと黒川の口調から知れた。

「あの、……すいません、僕、名刺持ってないんです」
「ああ、よろしいですよ。鈴原 七生さん」

 名前を ─── 素性を知っているということを印象付けるように、黒川は軽く唇の両端を上げて笑みを作った。オーダーした品が運ばれてきて、それぞれ口を付ける。
 沈黙の後、おもむろに黒川は口を開いた。
「私がこうしてあなたとお話しすることになったのはですね、和臣様のことです」
 
 うわあ、臣さんが様付されるとこ初めて見た、とナオは感心した。けれど、この人たちが住む世界ではそれが普通なのだろう。現になんの躊躇もなかった。

「確認する為に参りました。……あなたと和臣様はお付き合いなさっている。そうですね」
「……」
 ここ最近の和臣のそっけない態度が心を過ぎり、ナオの返事を遅らせる。

(お付き合いなさっている、ようなお上品な関係じゃないし、……臣さんが僕をどう思っているのか判らないけど)
 ナオは内心の不安を押し隠し、素直にこくりと頷いた。
「はい。……ダメでしょうか」

「いいえ、とんでもない。そんな偏見など私も、成沢も持ってはおりません。ただ、その、少し、……想像外と言いますか、理解し難くはあります。判って頂けるとありがたいのですが」
「判ります」
 ナオは即答した。自分と和臣の関係が少数派の部類に属していて、世間一般では受け入れられないものだと知っている。

 そんなナオに黒川は当てが外れたような表情を向けた。軽く咳払いして、その表情をごまかす。
「……話を続けさせて頂きます。あなたは現在、和臣様と一緒に暮らしている。……その前は一人暮らしを?」
「……はい」
 話の行き先が判らず、ナオの中で不安が膨れ上がっていく。もじもじと身動ぎした。

「その若さで一人暮らしとは、なかなか複雑な事情がおありになる」
「僕、もう、十九です。別に変じゃないと思います」
「和臣様と暮らす前、……中学校を卒業されてすぐのことですよ」

 以前の仕事のことを暗に仄めかされ、ナオは俯いた。もやもやした嫌なものが胸にわだかまり、どうしたらいいか判らない。
「……あの、……僕が前していたことは悪いことです。よく判っています。な……成沢さんが……えと、和臣さんのお祖父さんが、僕のこと気に入らなくて、そういう……」

「いえ、それはもう以前のことですからね、今はもう何もないわけですから」
 否定しながら、黒川は観察するような視線をナオに注ぐ。ナオは目線を上げられず、アイスコーヒーの水面を見つめた。

 黒川はゆっくりとした仕草で、自分のコーヒーカップを空にする。音も立てずにソーサーにカップを戻して、俯くナオを見据えた。
「……和臣様に縁談があることはご存知ですか」

「……」
 膝の上に置いたナオの指先が、ぴくりと動く。
 黒川は柔和な ─── しかし先ほどよりも低い声で話を続けた。
 
「と言いますか、縁談はずっと以前から降るようにありました。そういうお家柄なのでね、財界からも政界からも繋がりがあって損はないといったような。……しかし、和臣様は興味をお持ちにならなかった。……失礼」

 一旦、言葉を区切り、黒川は手を挙げてコーヒーを追加オーダーした。空になったコーヒーカップが下げられ、新たなカップが黒川の前に置かれる。時間稼ぎのように黒川はその間、口を開かず、ナオはなんとなく黒川は自分と話をするのが気が進まないのではないかと思った。

 話の再開は突然だった。
「……今までは、それでも良かったのです。まだ若いから、と奥様も大目に見ていた。しかし、あまりに和臣様が固辞なさるので、縁談をですね、それで私が出しゃばって参りました」

 黒川は多分、成沢 繁之氏の秘書というよりもその奥様の使いで現れたのだろう。そのあまり特徴のない目に決意が宿るのを目にして、ナオはふっと息を吐いた。
「単刀直入に申し上げます。奥様は今度の縁談に大変乗り気でいらっしゃる。お相手は家柄も財力も申し分がないお嬢様です。……失礼ながら、あなたは素行もいいとは言えない。その上、男性で、そのう、私にはとても」

 黒川は言葉を濁す。察したナオは寂しそうに小さく笑った。
「……」
「……正直に申し上げますと、あなたは和臣様に相応しくないと言いますか……邪魔、と申し上げては言い過ぎかもしれませんが、和臣様にとって必要ではございません。いえ、むしろ公になると非常に困る……和臣様が、です」

「……判ります」
 ナオの穏やかな声に黒川は明らかに戸惑い、目を伏せた。
「……これは私の仕事なのです。判って頂きたい」

「もちろんです。黒川さんのお仕事を邪魔するつもりはありません」
 ナオはにこりと無理に笑みを浮かべた。
「僕が、……邪魔なんですね?」

「……これを」
 黒川は隣の椅子に置いてあったセカンドバッグから分厚いB5サイズの封筒を取り出し、テーブルの上に置く。すっとナオのグラスの脇に押しやった。

「お受け取り下さい」
 ナオはその封筒をじっと見つめる。─── 中身の想像はついていた。
「……どうぞお確かめ下さい。足りなければいくらでも用立てます。遠慮なく仰って下さい」

「─── いえ。充分です」
「……中をお確かめにならないので?」
「はい」

 俯いたまま、やんわりと微笑むナオに、黒川は急き立てられるように話した。
「……これは、和臣様の為なのです。奥様は大変心配していらっしゃいます。あなたとのことは一時の気の迷いとは存じますが、後々なにかと不都合が生じないとも限らない、……それに、和臣様も縁談を承知して下さいました」

「え……」
「……会ってみてもいい、と。和臣様さえ乗り気になって下さればまとまる縁談なのです。あちらは断らない、そういうお話なのです。……和臣様もそろそろご自分の家族を持ってもいいとお思いになったのかもしれません。どうか、邪魔をなさらないで頂けますか」

 臣さんが、とナオは思わず呟いた。人前で、いつもの呼び方をしてしまったことにも気付かないほど動揺していた。
「そ……うですか」

「先ほども申し上げた通り、ご連絡頂ければいくらでもご用立て致します。……和臣様のマンションを出て、二度とお会いにならないと約束していただけますか」
「……はい」

 ナオはもう一度、小さな声で、はい、と言った。
 懐かしいメロディが低く流れる中、アイスコーヒーの氷がゆっくりと溶けていく。二杯目のコーヒーにほとんど手を付けずに立ち上がった黒川が会計を済ませて店を出て行った後も、ナオは席に座ったままだった。

      

      目次第4話
  

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