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ヘヴンズブルー2:第5話

 
「はい」
 髪の毛を拭きながら浴室から出てきたレイに、ナオはあの封筒を差し出した。
「なんです?」

「あげるー」
「いりませんよ! もらえるわけないでしょうっ」
「でも、いつまで迷惑かけるか判んないし」

「じゃあ……」
 一瞬、口にしそうになった下世話な交換条件をレイは理性で飲み込み、穏当な提案をした。
「……とりあえず、ここ、この引き出しに入れときましょう。ナオさんが使いたかったらここから出せばいいし。ね?」

「ん、いいけど、……レイって無欲だねー」
 いや、欲はありますけど、違う方向に、とレイはにこにこと微笑むナオにため息を吐いた。
 

 ─── レイのアパートへ上がったナオが最初に興味を示したのは、壁際のハンガーに吊るされていた高校の制服だった。
「え、レイって高校生なの?」

「卒業しました。片付けるの面倒でそのままほったらかし、……もう捨てようかな」
「なんで? もったいない、着て見せてよー」
「嫌ですよ!」
 わざわざ年下なことを強調したくはない。余計に相手にされなくなるじゃないか、とレイはブレザーの制服をハンガーごと丸めて作り付けのクローゼットの下に押し込んだ。

「つまんないの」
「つまんなくないです。ナオさんが来てくれるって判ってたら、ちゃんと片付けといたのに」

「全然キレイだよ」
 ナオはもの珍しそうにきょろきょろと部屋を見回した。
 
 小さなキッチンとユニットバス、奥のひと部屋にTVとベッドを置いたシンプルな部屋だった。さほど広くもないその奥の部屋のほぼ中心に食事場所にもしているローテーブルがあり、その下に敷いたラグにナオはちょこんと座っている。

 レイはテーブルの上やベッドの周辺をあらかた片付けてから、タオルケットを二枚出した。
「ナオさんはベッド使って下さいね。俺、床で寝るんで」
「え、僕、床でいいよ。ていうかベッドで一緒に寝る?」
「寝ません」
「あ、フラれたー。じゃ僕、床ね」

 あっけらかんと笑ってナオはレイの手からタオルケットを奪い取る。……いきなり俺にベッドに引きずり込まれたらどーするつもりなんだろう、この人。こうやって軽く誘われるとダメージでかいんだよな、完全眼中ナシってカンジで……。レイは思わず小さくぶつぶつと言わずにいられなかった。……

 交代でシャワーだけ済ませた後、ナオが差し出した重みのある封筒をなんとかキッチンの引き出しに仕舞い込む。
 ローテーブルを壁際にずらし、出しておいたタオルケットをラグの上に敷いた。
「夏場でよかったー。なるべく早く出てくからね」
「……いつまでいてもらっても構いませんよ」

 あっつー、と言いながらTシャツをめくり、湯上りで上気した肌を惜しげもなく晒しているナオをちらちらと観賞しつつ、本当にいつまでいてもらっても構わない、とレイは冷蔵庫から帰りがけに買ってきた缶ビールを出した。

 タオルケットの上に座るナオにも一本渡して、自分の分を開ける。
「ありがと、……訊いてもいい?」
「何をですか?」
「なんで一人暮らししてるの?」

「ここから大学が近いから。……ってのは嘘かな」
 レイは困ったように苦笑した。ベッドの上に腰かける。
「大学が近いのは本当ですけど。ここから通える大学選んだんだし」

「高校も、ここから通ってたんだよね」
 クローゼットに視線を送るナオにレイはため息を吐いた。
「……そうです。つまり、高校生の頃から一人暮らしってこと。本当にどうでもいいことには鋭いですよね、ナオさんて」

「ごめん、……」
「謝るようなことじゃないですよ。別に隠してるわけじゃないし」
 ただ、どうでもよくないことにも鋭くなって欲しいな、と思ってるだけで。レイは口に出さずに、黙ってビールを飲んだ。

「高三んなってすぐ、六こ上の姉が結婚したんです。うちは開業医でね、姉の旦那は腕のいい大学病院の先生だった。入り婿に来てくれたんですよ。俺は継ぐ気なかったから、ちょうどいいやって。……そしたら告白されたんです。その姉の旦那にね」
 
「…………」
 
「すごくタイプだって。まあ、他にもいろいろ、言われたりして。姉夫婦は同じ敷地に別の家建てて住んでたんですけど、旦那はしょっちゅううちに来て、……何度も触られそうになったから、逃げて、避けて。……誰にも言えないし、俺は黙ってたんですけど、その内、姉が気付いちゃって。……どうも、言い寄られてるとこ見られたらしいです。それだけでもう、なんかがっくりきちゃうんですけど、……ある日突然、父と母に呼ばれてですね、高校が遠いから近いところに一人暮らししたらどうか、って。……アレですね、実の息子よりも跡を継いでくれる娘婿を選んだわけです。今はまあ、そりゃ当然だよな、と思うけど、その時は、追い出されたようにしか思えなかったから」

 淡々と話しながらもレイの胸にはちくりとした痛みが拡がっていく。今でこそ大したことはない、と思えるが、当時はなかなかきつかった。
 まあ、もうなんてことないけどね、自由でいいし、と考えていると、ナオがぽつんと口にした。

「……レイは悪くないのに」
 黙って聞いていたナオが何気なく口にしたその正直な言葉に、レイは目を瞠った。
 腑に落ちるとでもいうようなすっきりとした気持ちが胸に拡がる。
 なんだかおかしくてたまらず、レイは笑みを浮かべた。

「……ああ、……そうか」
「なに?」
「……ずっと、そう言われたかったんです。お前は悪くない、って」

「そんなこと。……だって、レイは、悪くない。ひとつも悪くない」
「……俺、ナオさんの為だったら、ビルの十階からだって飛び降りれます」
「えッ、いらないから、そーゆーの」

 ナオは花が咲いたようにけらけらと明るく笑う。いや今の、冗談とかじゃなくて結構マジ告白のつもりだったんだけど、とレイは情けなく思いながらも、心が柔らかな光に満たされていくのを感じる。
 ひとしきり笑った後、ナオは窺うような視線をレイに向けた。  
 
「……それで、ヘヴンとかで遊ぶようになったの?」
「まあ……どうでもいいか、って。いらないけど、金くれたりするし。だからって他のヤツに安売りってバカにされんのムカついたけど。─── その、姉貴の旦那に対して、ざまーみろ、ってのもあったかな。ヤりたがってたから、俺と。……でも、やっぱ、向いてなかったみたいです。俺がヤりたいと思ったのって」

「ヤりたいと思ったのって?」
「の、って……」
 ナオさんだけだった、と言ったら、引かれるだろうか。……引かれるだろうな、とレイは上滑りに笑って目を逸らした。

「……いや、まあ、ヘヴンでナオさんと会えたし、結果オーライですよね、考えてみると」
「あッ、ごまかした! 好きなひと、いたの? いるんだ、そーなんだ、ダレ? ねえ、ダレ?」 
「やだな、いませんよ」
 
「応援するからー! 協力するよー、あっ、ここ呼ぶ? 僕、邪魔なら外出てるし。レイみたいにキレイなら、コクればすぐ付き合えるよ。なんで黙ってんの?」
「遠まわしにコクっても鈍い……いや、そのひと、好きなヤツがいるんです。片思いなんです」

「そうかー、片思いかあ……」
「……でも、今、ちょっとチャンスかもしれません。その付き合ってる二人、離ればなれなんです」
「そうなんだ! ラッキーだね、チャンスじゃん」
 
「……今、告白して、無理にでも自分のものにするってアリだと思いますか?」
「うーん、無理にでも、ってのは問題あるけど、告白はしてもいいんじゃない、好きならさー」
「……」

 ベッドに腰掛けているレイは、目の前のラグの上、タオルケットを敷いてその上に膝を抱えるように座っているナオをじっと見下ろす。
 そばかすの散る、小さな綺麗な顔。無警戒に見上げてくる少し酔った視線。その上、湯上りで自分の部屋に二人きり。

 もしかしてこれって千載一遇ってやつなんじゃないだろうか、と細い肩に手を伸ばしかけたレイの脳裏に、ふっとナオの淋しそうな目の色と声音が蘇る。
(「……僕はもういらないって」)
 
 夜の公園のベンチにひとりきり、ぽつんと座っていたナオ。本気になんてしてない、と ─── 嬉しそうにあの男が結婚するのが楽しみだ、と言った。

 そんなはずがないのに。
 あの男と恋に落ち、どうしたらいい、と狼狽えたナオを、レイの心は鮮やかに覚えていた。はにかみながらあの男のことを話す顔も。彼の気持ちが離れてしまったのではないか、と不安がるその表情も。

 ナオが、今、この瞬間もあの男のことを想っているのは判っている。ナオ自身よりも自分のほうが判っていると言ってもいいくらいだ、とレイは腰を浮かせた。 

 ナオの肩を通り過ぎたその手でローテーブルの上のTVのリモコンを掴み、電源を入れて適当にチャンネルを合わせる。
「俺、これ毎週観てんですよねー」
 
「なんだ、言ってくれれば僕が点けたのに」
 これ面白いよねー、と言いながら、深夜バラエティにくったくない笑い声を上げるナオに、レイはこっそりとため息を吐いた。 

 もし ─── もし、万が一、はっきりと告白したら、今なら受け入れてくれるかもしれない。ひょっとしたら、無理やりでなく寝てくれるかもしれない。ナオは、一度気を許した相手には甘い。

 それでも、─── 最初から全て、彼とのことをなにもかもなかったことにしようとする、あの痛々しいナオの姿がレイの目に焼き付いて離れない。
(あんなナオさんは……)

「あ、もう終わっちゃったー、……」
 つまらなそうなナオの声で我に返り、レイはビールを飲み干した。
「……もう寝ます。明日、一限からガッコあるから」
「あ、そっか。……ありがと」
 
 ナオが空けたビール缶を、レイは自分の分と二つ、キッチンに捨てに行く。戻ってきたレイはタオルケットを被ったナオから目を逸らしたまま、ベッドに入った。

 

 

  

 次の日から二人の生活が始まり、居候して申し訳ないから、とナオは家事全般を請け負った。
 三日も経つと、レイは言わずにいられなかった。
「……ナオさん。いつも家事全部やってたんですか?」
 
「うん。僕、結構そーゆーの得意だから」
 それじゃあの男も付け上がる一方だったろう、とレイはこっそりため息を吐く。

「じゃあ、ナオさんがメシ作った時は俺が皿洗いします。俺が作った時はナオさんが皿洗い。……掃除とか洗濯とかはその時次第、ってことで」
「え、でも……悪い、から」

「居候とかそういうのは気にしないで下さい。ナオさんに、ここにいて欲しいんです」
 ナオは、ありがとう、と言って控えめに笑った。
 
 そして、レイにはもうひとつ気になることがあった。
 夜の十一時近くになると、ナオは散歩に出る。その時間が近付くと時計ばかりを気にし、明日の朝のパン買ってくる、と浮足立ったように外に出て行ってしまうのだ。

 最初はそのままあの男のところに帰ってしまうのか、と思ったが、そうではないらしい。遅くても十二時までには、コンビニのレジ袋を手にしてレイのアパートに帰ってくる。

 何をしているのかは気になったが、ナオの様子が変わるわけでもない。
 何も訊かなかったレイが夜の散歩の真相を知るのは、二人の共同生活が一週間も経つ頃だった。

  
 
 

      

      目次第6話
  

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