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ヘヴンズブルー2:第7話

  
 次の日もナオの態度は今までと変わらなかった。
 レイのアパートにやってきてからと同じ、明るく話し、くったくなく笑う。昨夜のことなど微塵も感じさせないそんなナオの様子は、返ってレイの目には不自然に映った。

 無理をしている。
 それがもっともよく感じられるのは、夜の十一時前、ナオがいつもの夜の散歩に出かけていた時刻になった頃だった。
 
「よし、もう寝ようかな」
 言って立ち上がったナオは、最初から出かけるつもりがなかったようにもう風呂を済ませていた。ローテーブルを一人でずらし、レイのベッドの隣にタオルケットを敷き始める。 

「……」
 レイは黙ったままその様子をただ見つめていた。ナオがどんな想いをしているのか、判ってしまっていた。
 
 ナオの本当の気持ちが知りたい、と望んだのは自分だ。一生懸命ナオが隠し、取り繕うとした心を暴き、自分の前に晒させた。そのことに後悔はない。
 しかし、それは同時にナオの気持ちを、ナオがあの男を想う痛々しいまでの気持ちを共有することに他ならなかった。

「おやすみー、……」
 軽く笑ってタオルケットに潜りこんだナオにかける言葉もなく、レイは一緒に観ていたTVを消した。

 

 

 

 
 レイがヘヴンズブルーに電話をしたのはナオの為ではない。ただ、この憤りを直接本人にぶつけてやろうと思っただけだった。
「牧田さん、オーナーに話あるんでケー番教えて下さい」
『……レイくん』

 送話口の向こうで牧田は押し黙る。その様子で、ナオがあの男の元を離れたことを知っている、と知れた。案の定、
『よかった、電話くれて。……ナオくん、きみのとこにいるんだろう』
 と、訊いてくる。
 
 ナオは買い物に出ていていなかった。一人きりの部屋を見渡して、レイは白々しく答える。
「……ナオさんはオーナーのマンションにいるんじゃないですか?」
『そういう意地の悪いこと言わないで、……」
 
 声を潜めた牧田の懇願にレイは折れて、ため息を吐いた。
「……うちにいますけど」
『そう、……そうだと思ってた。レイくんのとこなら大丈夫だって』
「うちが一番ヤバいんじゃないですか? オオカミの家に転がりこんだヒツジも同然。毎晩優しく慰めたりして」

『……なんにもしてないんじゃない? レイくん』
「なんで判っ……」
 鋭い牧田の指摘に肯定しかけて口を噤む。レイの言葉を聞き逃さず、牧田は訳知り口調で続けた。
『……やっぱりね。きみはナオくんに弱いから。……弱っているあの子につけこんだり出来ない。そうだろう』
 ちぇっとレイは舌打ちした。

「なんでも知ってるんですね。俺、牧田さんのそういうとこキライだなー」
『悪かったね』
「でも、誤解のないよう言っときますけど、弱ってるナオさんにつけこみたくない、とかそんなキレイごとじゃないですから。単に気が乗らなかっただけ」

『……だんだん、レイくんの本性が純粋で純情だってことが判ってきたよ』
「ちょっとー! 切りますよ!?」
 笑いを含んだ牧田の暴言に携帯電話の電源ボタンを押しかける。引き留めたのはその牧田の声だった。

『うちのオーナーに、ナオくんを返してやってくれないか』
 思わずレイはむっとして唇を引き結んだ。
「……まるで俺が、ナオさんを無理やり拉致ったみたいな言い方だ」
『気を悪くしたなら謝る。きみのせいじゃないって判ってるよ。……一緒に暮らして、どう』

 どうって、とレイはここ数日に思いを馳せる。─── ナオはいつだってあの男のことを想っていた。一緒に買い物に行く時も、食事を作ってくれる時も、食べる時も、掃除をしていても、眠っている時も。
 うちへ来てから全くあの男のことを話さず、考えてもいないような顔をしていて、それでもナオはずっと。

「……」
 それがはっきりと露呈したのはあの夜だ。ナオは、こんなに好きになってた、と泣いた……。

『─── ナオくんはきみのこと、少しでもちゃんと見てくれた?』
「……見てるに決まってるでしょう。毎日、目の前にいて」
『そういうことじゃなくて。……視界に入れてくれたかってことだよ』

 ナオが ───。
 自分のことを全く想っていないのは初めから判っていた。というより、ナオの心を占めていたのは、親しくなった当初からあの男だった。
(……俺がどうこうじゃなくて、結局、ナオさんはあのひとしか好きじゃないんだもんなあ……)

「……ナオさんが俺なんて眼中にないってことはとっくの昔に判ってますよ」
『……』
「黙んないで下さい。訊いたくせに。可哀想だと思ってるんでしょう。……でもこんなカワイソーな俺にも怒る権利ってものがあるんですよ、ナオさんのことを好きでいる限り」

 レイはナオの身に何が起きたのか、すべてを牧田に話した。成沢の秘書を名乗る黒川という男が現れたこと、手切れ金を渡されたこと、黒川によって手酷くナオが傷付けられたこと、それでもナオは和臣を想っているということ……。

『─── 黒川さんが』
「知ってるんですか」
 黒川を知っているらしい牧田の口振りに、声が冷える。レイの声の温度が下がったのを察した牧田は、弁解するように続けた。

『……知ってるよ。時々、オーナーが来ないような早い時間を狙って店の様子を見に来る。多分、御大の……オーナーの父上の命令だろうね。ナオくんのことは自然に知ったんだと思うけど……』
「そんなことどうだっていい」
 牧田が黒川を知っていた、という事実に、味方に裏切られたような思いがした。かっとなったレイは声を荒げる。

「あのひとは自分のことでナオさんが嫌な目に遭わなくて済むように、ちゃんと見ている義務があったんだ。それなのに、見てなかった。守らなかった。ナオさんを傷つけて泣かせた。─── そんな奴にナオさんを返すわけにはいかない」

『……レイくん。黒川さんのことが本当なら』
「本当のことですよ」
『……本当のことなら、なおさら、あのひとにナオくんを返してくれないか。会わせてくれるだけでもいい』

 多分、あのひとは黒川さんとナオくんが接触していることを知らない、と牧田はゆっくりと言った。
『オーナーは、ナオくんに愛想を尽かされたって……見た目じゃ判らないけど、ひどく落ち込んで。……しつこくし過ぎて逃げられた、なんて軽く言ってたけど、あんまり食事も摂ってないみたいなんだよ……』

 煙草を咥えた精悍な男が落ち込んでいる様は、レイには想像し難かった。代わりに傲岸不遜な表情ばかり脳裏に浮かぶ。
 ただ、牧田の言うとおり、黒川の一連の動きは和臣の知らないところで起こったのではないか、という気はしていた。

「……俺に同情しろって言うんですか。権力者のお偉い親父さんが人を使って勝手にやったことだって」
『そうは言ってないよ。……ナオくんを傷つけたのはあのひとの責任だ。あのひとが悪い。家が家なんだから、もっと気を配るべきだった。……せめてナオくんの前で、あのひとに謝罪する場を与えてやってくれないか』

「─── そう言われて、俺がふたりを会わせるとでも?」
『……それはレイくん次第だね。レイくんの家は知らないし……このケータイ番号も変えられたら連絡の付けようもない。きみがこのまま黙ってケータイ切って番号変えたら、二度とオーナーとナオくんは会えない。ナオくんが自分からオーナーのところに戻ってこない限りは』

「……あのひとの実家の迷惑になると思っているナオさんが、帰るわけない」
『そう。だから、きみ次第』

 状況は自分の方が有利なはずなのに、レイは牧田の冷静な口調に試されているような気がした。苛立ちが募り、知らない内に眉根にしわが寄る。三十秒もの沈黙の後、結局レイは渋々と返事をした。
「……判りました。会わせてあげてもいい」
 受話口の向こうから安堵のため息が聞こえた。

『……レイくんならそう言ってくれると思ってた』
「やめて下さい。俺はいい奴じゃない。あのふたりなんてダメになればいい」
『でも、ナオくんが泣くのは嫌なんだろう?』

「……イヤですよ」
 ナオの泣き顔や無理に笑う様子はとても見ていられない、とレイは思う。その思いだけはあまりにも確固として自分の中にあった。

「ナオさんが泣くのは、イヤです。……無理して笑ってるナオさんも。だからあの男に会わせる。……あの男の為じゃないってこと、よく覚えといて下さいよ」
『ありがとう、レイくん。……傷心の片思いの相手がそばにいるのに、指一本触れずに元の恋人に会わせるなんて、そういうとこ偉いよね』

「どうせヘタレですよー!」
 ちきしょう、とレイは胸の内で呟く。手ェ出したくたって、ナオの気持ちは残らずあの男のものなんだから仕方ないじゃないか!
  
『ヘタレなんて思ってないよ。いい子だなあ、って』
「子供扱いとかしないで下さい。で、いつどこにナオさん連れてったらいいんですか」
 とげとげしい声で訊いたレイに牧田はやんわりと答えた。
『そうだね、……じゃあ、明日の午後三時。この店で』
「明日、……」

 明日で、ナオがそばにいることもなくなるのか。急すぎる日時に、一瞬、心に空白が生まれる。
 レイの戸惑いを察したのか、牧田は窺うような声音で訊いた。
『……二、三日あとのほうがいい?』
「……いえ。明日で。……会ったってすぐ元のさやに納まるとは限らないですから」
 そうだね、と穏やかに肯定した牧田の声を聞いて電話を終えた。

 

 

  
 牧田には最後、悔し紛れにああ言ったものの、あの男と会えば、二度とナオが自分のところに戻って来ないのは判っていた。おそらく牧田も判っていたに違いない。それでも、優しさから否定しなかった牧田に感謝の念が湧く。

(なんだかんだ言って出来る秘書っぽいよな、あのひとも)
 オーナーに文句を言いたかっただけなのに、ナオと会わせることになってしまった。黒服なんてやっているのはもったいないんじゃないか、とレイはくすくすと笑った。

「なに、レイ、機嫌いいねー」
 ラグに寝転がって雑誌を捲っていたナオが不思議そうに見上げてくる。

 牧田と電話で話した次の日 ─── 約束の日だった。今日は大学も休みで、ふたりでのんびりとエアコンの効いたへやで過ごしていた。本当なら、このまましばらくはふたりでいられる日が続くはずだったけれど。

 アイスコーヒーのグラスを二つ、食卓にもしているローテーブルに置いたレイは、そのままフローリングの床の上に腰を下ろした。
「今日、三時にオーナーがヘヴンで待っているそうです」

 にっこりと笑って言ったレイに、ナオはぽかんと口を開けた顔を向けた。
「ナオさんに、会いたがってるって。牧田さんが心配してました」

「───……」
 ナオは息も出来なくなったように微動だにしない。しばらくそのままじっとしていたが、やがてそろそろと身を起こした。

「……」
「まだ二時だから、コーヒー飲んでからでも充分間に合いますよ?」
 膝の上の雑誌に目を落としたナオは頭を左右に振った。

「僕……行かない……」
 掠れた小さな声だった。頑なに俯いて、雑誌の上で拳を作る。
「……会ったら、迷惑になるし……ま、また、怒られちゃうから、……」

 最後をおどけた口調で言って、微かに笑う。そんなナオをじっと見つめて、レイは静かに言った。
「……あのひとが、待ってるんですよ」
「ん……でももう、いいんだ、……」
 
 笑みを浮かべたまま、ナオはグラスに手を伸ばす。一口、二口飲んで、またラグに寝そべり、雑誌を広げる。
 レイはテーブルの上に頬杖をついて、そんなナオを眺めた。

 ナオが、和臣と会いたがっていることが手に取るように判る。本当は、和臣の顔が見たくて、話して声が聞きたくて仕方がない。心が和臣のことでいっぱいなのが目に見えるようだった。
「ナオさん」

「なに?」
「煙草買ってきてもらえますか」
「?」

 レイは煙草を吸わない。それをよく知っているナオは訝しげな顔をした。
 そんなナオの様子に構わず、立ち上がったレイはボディバッグから財布を出してテーブルの上に千円札を載せた。

「いっこ……ひと箱って言うのかな。で、いいです」
「なんで?……」
「吸ってみたくなったから」
 
 ナオを使い走りにしようとするのがレイらしくなかった。
 その上、中学生のような好奇心を聞かされてナオはますます困惑したようだったが、それでも紙幣を手に立ち上がる。
 
「……何がいいの?」
「マルボロライト」
 ナオの目が見開かれる。……その銘柄の煙草を愛飲している男の姿を、思い出している、とレイには判っていた。

 柔らかく笑ったレイは、ナオの背中を玄関にそっと押しやった。
「それじゃお願いしますね。……行ってらっしゃい」
 二度と帰って来ないと知っていた。それでも、わざとそう言った。ナオは、自分と暮らしたこの僅かな時間を忘れないでいてくれるだろうか。

(……忘れられてもいいか。別に、なんてことないし)
 ナオの後ろ姿が消えたドアを見つめて、傍らの壁に寄りかかる。
 
 レイは悪くない、と言ったナオの声が耳に蘇る。何気ない仕草も。くったくなく笑った顔も。あの男を想って泣く姿も。……無理に笑うその表情も。
 何もかもが鮮明にレイの心の中に残っている。
 
 ……俺ってけっこう、正真正銘のバカかもしんない、と呟いた自分にレイはしばらくの間、気が付かなかった。 
  

     

     目次第8話
  

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