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ヘヴンズブルー2:第8話

 
 半ば押し出されるような形でレイのアパートを出たナオは、覚束ない足取りで路地を歩いていた。
 アスファルトに映った濃い影が、迷っているように少し歩いては歩調を緩め、アパートを振り返る。
 レイが自分に吸わない煙草を買いに行かせたわけは、判っていた。ヘヴンに、和臣が待っている場所に自分を向わせるためだ。
 
 その約束も、自分のためにレイが取り付けてくれたのだろう。なんと言って取り付けたのか……レイが自分にとって不利なことを言うはずがないから、きっと、綺麗にまとめてくれたに違いない。
 そう考え、レイに感謝する気持ちももちろんあったが、足を進めるうちに、和臣のことがナオの心の大半を占めていった。

(臣さん)
 会いたい。……会える。
 このまま道なりにいって右手に曲がり、横断歩道を渡って左に曲がれば、……すぐ。
 周りの人波も、レイと暮らす間に見慣れた風景も、視界に入らず行き過ぎる。夏の日差しの中、ナオの足は自然と駆け出していた。
 
 階段を足早に下りたナオはその勢いのまま、ヘヴンズブルーのドアを押し開けた。
 店内はひんやりと空調が効いていて、薄暗かった。元々、照明の明るさは落としてある店ではあるが、それでも暗い。店の一角にしか照明が点いていないことにナオは気付いた。

 その一角に ─── 。
 和臣がいた。いつも座るカウンター席ではなく、テーブル席に着いている。はっとしたように見開かれた目がこちらを向いていた。

 いつものブランド物のスーツにネクタイ姿の彼だったが、ほんの少し、やつれたように感じる。コンビニの中で外を通る彼を盗み見ていた時より、正面から目にするせいか、それは顕著だった。
 目を離せなくなる前にナオは視線を逸らした。─── 和臣と自分は、もうなんでもないのだ。もう、心配する必要はない。……心配してはいけない。

 ナオは自分の息が上がっていることに気付き、整えようと深呼吸した。走ったせいで汗も掻いている。何気なさを装って手の甲で額の汗を拭った。─── 和臣に会いたくて、会いたくて、駆けて来てしまったことを知られたくない。
 和臣には、迷惑なことだろうから。

「……」
 その考えにナオは目を伏せ、おずおずとテーブルに近付く。和臣と向かい合った席に座り、目を伏せたまま対峙した時には、すでに身の置き所がないような気持ちになっていた。
「……ナオ」

 和臣が、呼ぶ。
 その声にどうしようもなく引き寄せられる。何度も、何度も、自分を呼んだその声。その呼び方。
 ナオはごくんと喉を鳴らし、落ち着け、と自分に言い聞かせて、大きく息を吐いた。
「あ、……えーと」

「黒川が何を言ったか知らないが」
 ナオが口を開いたのと同時だった。和臣の掠れた声が唐突に薄暗い店内に響く。
「……お前を縛り付けるつもりは、その、ないから……自由に……」
 
 歯切れの悪い和臣の言葉を聞いてナオは頭の中が真っ白になった。─── 和臣はやはり黒川と繋がっていて、彼から何かを聞かされたのだ。

(当たり前だ。黒川さんが話したっておかしくない。……こないだの、夜の……)
 みるみる赤くなっていく顔をナオは伏せた。
「あ……あ……あの……コンビニで……黒川さんに会ったのは……」

「……コンビニ?」
 和臣の表情が不審そうに曇る。
「……その……偶然……偶然、臣さ……成沢さんのマンションの近くの、コンビニで……ほんとに、偶然……」
 小さなナオの声が尻すぼみに消えていく。

 しん、と静寂が訪れる。ナオはその静けさに耐えられず、無理やりに話を続けた。
「ご……ご結婚、おめでとうございます。あの……く、黒川さんに聞いて……こないだ、コンビニで会ったとき……結納、とか、もうすぐだって……」

「───」
 和臣の顔色がすっと変わった。まるで、何を言ったらいいのか判らない、というように息を詰めている。

「……あの……だから、僕……邪魔とかするつもりじゃなくて……迷惑かけたり、とか……そんなんじゃなくて……僕がいないほうがいい、って、判ってるし……」
 また、ナオの声はだんだん小さくなり消えた。和臣は言葉を失ったように黙り込んでいる。
 
(どうしよう)
 黒川は、和臣になんと言ったのだろう。待ち伏せしてこっそりと和臣の姿を眺めていた ─── 迷惑な、ストーカー。ただ見ていただけでも、和臣にしてみれば気味が悪かったに違いない。
 無言の和臣に気圧され、言い訳が口を突いた。
 
「……黒川さんにも言われたんだけど、あの、付きまとうのはやめて下さいって、……あの、僕、そんなつもりじゃなくて、ただ、な、成沢さんのこと、気になって、……元気にしてるかなって、ちょっと、顔見たくて……す、少しだけ、顔見るだけって……会ったりとか、しないし、しゃべったり、出来なくても、ちょっとだけ、顔見れたらって……」
 
 言いながらナオの頬に血が昇っていく。こんな言い訳は逆効果だ、と遅ればせながら気が付いた。和臣はきっと気持ち悪いと思っているに違いない。とても顔が上げられない。

 見慣れた店のテーブルがぼやけてくる。和臣にそれが気付かれないよう、ずっとテーブルの一点を見続けた。
「……だから、あの、コンビニで、成沢さんが通るかもしれないって……見たり、したのは……悪気、あったんじゃなくて……迷惑、とか、かけるつもりじゃなくて……」

 ─── いつから、こんなに好きになっていたのだろう、とナオは考える。待ち伏せたことをしどろもどろで弁解し、和臣の気持ちをなんとか取り成そうと必死になり……。
 そんなことをしても無駄だ、と判るのに時間はかからない。

「……ごめんなさい……」
 ナオは頭を下げた。結婚が決まった和臣が、自分に会いたがる理由。……会いたい一心で駆けてきてしまったが、よくよく考えてみれば。

「……もう、そんなことしない」
 和臣は自分の口からこの言葉が聞きたくて、聞いて安心したくて、仕方なく会うことにしたのだろう。
「付きまとったりしない。ごめんなさい。もう、そんなことしません。……もう会いに行ったりしないから」

 ナオは声が震えないように、ゆっくりと穏やかに言った。
「だから、安心して ─── ……」
 ガタン、と椅子が鳴った。突然、和臣が立ち上がったのだ。

 涙を滲ませた目でナオはぼんやりと和臣を見上げる。和臣はギリギリと歯の軋る音が聞こえそうな形相でナオを睨んでいた。
 
 すうっとナオの顔から血の気が引いていく。─── 和臣を怒らせた、と気付いた。
「─── 臣さ……」
 ずかずかとテーブルを回ってきた和臣はナオの腕を掴んだ。

「ご、ごめ……ごめんなさい、あの、僕」
 何か言い訳を、と考える間もなくナオは無理やり立たされる。そのまま腕を引かれ、強い力でドアの外へ連れ出された。

「待って、ちゃんと謝るから、もう二度と付きまとったりしないからっ……」
 悲鳴のような自分の声が狭く薄暗い階段に反響する。そのことでナオの恐怖は募り、段差に足がもつれた。
 それでも和臣は振り返りもしない。

 階段を上がって路地に出ても和臣はナオの腕を離さず、大通りに向かった。
 道を行き交うたくさんの人が、和臣に腕を引かれたナオを好奇の視線で見つめる。それに耐えられず、ナオは消え入りたいような気持で目を伏せた。

 車道から熱い空気が吹き付けてくる。
 不意に立ち止まった和臣は、ちょうど客を下ろしてドアが開いたままだったタクシーにナオを押し込み、自身も乗り込んだ。
「……臣さん、話聞い……」

「黙ってろ」
 口を開きかけたナオを遮ったのは、和臣の硬い声だった。その声のまま、行き先をドライバーに告げる。今まで聞いたことのない和臣の冷たい口調に、ナオは何も考えられず、目的地を聞き逃した。

 和臣を激昂させてしまったショックでぼう然としているナオを乗せて、タクシーは走り出した。

   

       

      目次第9話
  

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