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ヘヴンズブルー2:第9話

 
 外の景色に目を向けているナオを乗せてタクシーは走っていた。
 
 夏の日差しに晒されたビル群の間を縫い、日傘を差した女性たちやジャケットを小脇に抱えたサラリーマンと思しき人々が次々と後ろへ過ぎていく。
 冷房の効いた車の中、後部座席のシートに背を凭れさせたナオはすっかり意気消沈して、その風景を眺めていた。
 
 そんなナオの隣には、組んだ膝の上で緩く手を絡ませた和臣がいる。充分に、人ひとり程のスペースを空けて ─── それはナオがドアに身体をくっつけるほど和臣から離れていたからだったが、それでも、同じ空間にいた。

 車内ではずっと沈黙が続いていた。タクシーの運転手もわけありそうな男ふたりを詮索するでもない。ナオは気詰まりではあったが何を言ったらいいのか判らず、ただ時折り俯き、外を見るばかりになった。
 
「……」
 和臣を怒らせてしまった。ほんのちょっとだけ、顔見たさに、待ち伏せをして気味の悪い思いをさせてしまった。
 鼻の奥が、つんとなる。泣く前兆を情けなく思いながらも、止めるすべもなく目が潤んでくる。

 どこへ連れて行かれるのだろう、とナオは考えた。ストーカーとしてケーサツに突き出される? それとも二度と付きまとわないように、どっか、山中で放り出されるとか? 売り飛ばされたり? 
 
 そんなことを考えてしまうくらい、またそれが冗談でなく表沙汰にならない程の権力を持つ和臣だったが、─── しかし、そんな力よりも。
(……臣さんが、一言、二度と現れるなって言えば、もう、近寄ったりしないのに)
(こんなふうに、タクシーに乗せてどこかへ連れて行ったり、面倒なことしなくていいのに)
 
 和臣の権力を行使した行為よりも、和臣に嫌われることそのものが、ナオにとって何よりも「怖いこと」になっていた。

 窓の外の景色がぼやけてしまい、ごしごしと手の甲でつぶった目を擦る。
 ちょうどその時、運転手が何か低い声で告げたが、ナオには聞き取れず、また窓の外に目を向けた。
 
「……!?」
 不意に、和臣が覆い被さってくる。驚きながらもナオは、忘れることのなかった体温と匂いに一瞬で力が抜けた。

 少し乱れた和臣の髪の毛がナオの頬をかすめる。射抜くような、熱を帯びた瞳が見上げるナオを映した。
 ──── 和臣の手がナオのそばのシートベルトの金具を掴んで伸ばし、シートのバックルに差し込む。
 カチン、という音で我に返ったナオは、隣に座り直した和臣が自分のシートベルトを引き出しているのを目にした。

(あ……あ、シートベルトか)
 びっくりして腰が抜けそうになった。というよりも、あのまま和臣に抱きしめられたら絶対に抵抗出来ない、と思い知らされた。 
 
 そんなにも和臣に近付きたがっている身体を自覚して、放心する。
 
 想っているのはあなただけなんですよ、という黒川の言葉が耳に蘇る。……恐らく、その通りなのだろう。和臣は一切口を利こうとしないし、不用意に自分に触れないように気を遣っているようだった。
 
 自分だけが和臣を想っているのが浅ましく感じられて、とても彼を直視することが出来ない。

 肩を落としたまま腰を固定したシートベルトの捩じれを直していて、気が付いた。
 ……え、後部座席でシートベルトって、と口の中で呟く。

 慌てて窓に取りついて外を見た。街中の風景は一変し、何車線もあるアスファルトと周りを囲う防音壁に代わっている。
 速度を落としたタクシーはETCレーンを抜けて、高速道路に入っていった。

 

 

 

 
 料金を支払ってタクシーを降りた和臣は、ナオが降りてくるのを待った。……チッと舌打ちすると、反対側に回ってドアを開ける。
 びくっと身体を竦ませたナオがそこにいた。目を潤ませて恐る恐る和臣を見上げてくる。

「や、……」
 ナオは頭を左右に振って、降りたくない、と意思表示した。そんなナオの腕を掴んで無理やり車から降ろす。
 ドアを閉めたタクシーは、敷き詰められた玉砂利を踏みしめながら広々とした車寄せをぐるりと一周して門扉に向かって消えた。

 唯一の助け舟、くもの糸とさえ思えていたタクシーがあっさり行ってしまい、ナオは泣きたくなった。目の前にそびえ立つ一間はある白木の格子の内門扉の横には成沢と記されている。─── タクシーの中からも見えていたその表札はナオを怯えさせるには充分だった。
 
 和臣に腕を引っ張られて開いていた内門扉を潜る。細かな砂利を敷き詰めた庭の飛び石を渡り、さらに引き戸を開けて現れた汚れひとつない大理石の床から框に上がると、奥から和服に割烹着を身に着けた年配の女性が現れた。
 
 一瞬だけナオに目を留めたが、何事もなかったように一礼する。
「お帰りなさいませ、和臣様」
「あのひとは?」
「お祖父様とお呼び下さい」
 
「では、親父殿はご在宅か?」
「……おいでになります。どうぞ」
 どうやら使用人らしい彼女は、和臣の皮肉な物言いにも慣れてるのか、眉ひとつ動かさず背を向けて案内する。

 大きな日本家屋だった。格式ある老舗の旅館のような ─── そのくせひとの気配がほとんど感じられず、静寂に満ちている。広く明るい通路にはそこかしこに豪奢な花器や壺、絵画が飾られていたが、その通路から幾筋も伸びた細い廊下はどれも薄暗い。
 
 その奥へ見るともなしに目を向けたナオは、いよいよ自分が足を踏み入れてはいけない場所に連れて来られてしまった、と青くなった。歩みが鈍くなるナオの腕を離さず、和臣はますます強引に磨きこまれた黒板の床の上を進む。
 
「……お離しになってさしあげては、いかがです?」
 目に涙を溜めて今にも泣きそうな顔をしているナオを気遣って、ちらりと振り返った彼女が進言する。 和臣はにやりと笑ってナオの腕を、ぐい、と引いた。

「離せば逃げる。こいつは何も欲しがらないんだ。……遠くから、見ているだけで」
「臣さん、お願い、離して」
「黙ってろ」

 二度目の命令だった。懇願を退けられたナオは成す術もなく俯いて、和臣に従うほかない。
 大きなドアの前に着いた。案内役の彼女がコンコンとノックをして、声をかける。
「……和臣様がいらっしゃいました」
 
 重厚な扉がほとんど音も立てず、ゆっくりと開いた。

 

 

 
 

 ……いつも和臣がナオを伴って実家へ顔を出すときに利用するホテルに、ふたりはいた。インペリアルスイートのこの部屋はほとんどの場合空いていて、この日も予約なしでチェックイン出来た。
 
 夜の八時を回り、真夏でも夜景が楽しめる時刻になっていたが、ナオにそんな余裕はない。
 メインルームのゆったりとしたソファーに浅く腰掛けたナオは、和臣が続きの書斎でルームサービスを頼んでいる低い声を聞いていた。

 オーダーが終わり、和臣がメインルームへ戻ってくる。ナオの前に立つと、目を細めて見下ろした。
「……疲れたろう。シャワーでも浴びてくるといい」
 
「……臣さん、僕」
「その間にルームサービスが来る」
 和臣は強引にナオを遮った。何も聞きたくない、とでも言うかのように、ナオに背を向けて書斎に戻っていく。口を噤んだナオはやがて立ち上がり、俯いたままバスルームに入っていった。
 
 和臣と顔を合わせ辛く、ことさらのろのろとシャワーを済ませて出てきたナオはダイニングルームの大きなテーブルにいくつも料理が載っているのを目にした。オードブルが二、三種類、ローストビーフやシーザーサラダなどがメニュー表どおりに上品に盛り付けられている。

 和臣はジャケットをソファーに脱ぎ捨て、ネクタイを緩めたYシャツ姿でワインを開けていた。バスルームに入って行った時と同じTシャツとジーンズのボトムスで出てきたナオを見て、眉間にしわを寄せる。
 
「……」
 ナオのおどおどとした態度に気付き、和臣は目付きを和らげた。二つ用意されたグラスの片方だけにワインを注ぐ。

「先に食ってていい」
 そう言い残してバスルームへ向かおうとする。ナオは和臣の背中を呼び止めた。
「僕、か……帰ります」

 細い、懇願するような声だった。和臣は振り返り、無表情にナオをじっと見つめた。
「……どこへ」
「ど、どこって、……あんなの、困ります。僕は、そんな」
「生涯の伴侶だと実家に紹介したのが気に入らないのか?」
 ナオは見る間に顔を真っ赤にして、目を伏せた。

  

     

       目次第10話
  

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