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ヘヴンズブルー2:第11話

 
 ホテルの前で車を降りた和臣は一人で先にロビーに入って行った。
 
 黒川は和臣が開け放したままの後部座席のドアに手を添えて、ナオが降りるのを待っている。恐る恐る車から降りたナオは、ドアを閉めた黒川を気後れしたように見上げた。
「す、……すいませんでした」
 頭を下げ、再び見上げるナオを黒川はじっと見つめる。

「……あの……こんなことになってしまって……僕もなんでこうなったのか、よく判らなくて……成沢さんに会っちゃいけないって、判ってたんですけど、……少し話したら、もう会わないつもりだったんですけど……成沢さん、怒っちゃって、無理やり連れて来られて……僕の話、ちっとも聞いてくれなくて」

 もう、付きまとわないって言ったのに、とナオはうっすらと涙を目に溜める。
「……あなたを泣かせたら、私は殺されるそうです」
 軽くため息を吐いて、黒川はベンツの黒いボディに寄りかかった。

「だから、泣かないでもらえますか」
「はい……す……すいません……ごめんなさい……」
 ぐす、と洟をすするナオに黒川は目を細める。スーツの内ポケットからハンカチを取り出して、ナオに差し出した。

「……謝るのは私の方です」
「?……」
 ハンカチを手の平で押し戻し、受け取らなかったナオはよく判らないというように黒川を見つめた。

「……あなたにお金を渡して、和臣様が結婚を承諾したと嘘まで吐いて、引き離そうとした。和臣様を想い続けるあなたにひどいことを言って追い払おうとした。……申し訳ありませんでした」

 黒川は深々と頭を下げた。かっと顔を赤らめたナオは頭を横に振る。
「や……やめて下さい……想い続けるとかじゃ、ないですから……そういうんじゃなくて……だから、気になっただけで……見るだけ、って……」

「……そういうのを、想い続けるって言うんじゃないですか?」
 耳まで真っ赤に染まったナオは反論出来ずに言葉に詰まる。話を変えようと黒川を見上げた。
「そ、そうだ、それに、黒川さんが僕を邪魔にしたんじゃなくて、あの……成沢さんの、お祖母さんが、……あのひとが、僕をどうにかしろって黒川さんに頼んだんでしょう……?」
 
「……」
 黒川は、気が緩んだようにふっと笑った。
「─── あなたが金銭でどうにかなるような方なら、もっと簡単だったと思うんですけどね。お金ではどうにもならない上に、頭も察しもいい。分も弁えておいでのようだから、途中で計画を変えることにしました。……つまり、和臣様の心が離れたと嘘を吐いて、あなたを傷付けて遠ざけることにしました」

「……」
「……奥様が用意したのはあの封筒の中身だけです。あなたへの無礼な行為は私個人が行ったものです。本当に申し訳ありませんでした」
「いえ……」
 
 ナオはぎこちなく口ごもると、黒川を見上げて首を傾げた。
「……それが黒川さんの仕事だって判ってましたから。……邪魔するつもりはほんとになくて、僕……」
「和臣様に連れられたあなたを見た時」

 ナオの言葉を遮って、黒川はゆっくりと言った。
「……ああ、やっぱり、と思いました。あなたはいつかきっと和臣様と一緒に私の前に現れるだろうと思っていましたから。……正直、ほっとしたんですよ。早いうちに事が明るみになって、……私のしたことが帳消しになるような気がして」

「黒川さん、……」
「無論、帳消しにはならないでしょうけど。……今回のことで成沢もお二人のことを知った。これからは奥様の横やりも入らなくなるでしょう。私もお二人の仲を引き裂くような真似をしなくて済む」
 
 ナオは、黒川の穏やかな声に、この人は本当は気が進まないのではないかと思った最初の頃の印象を思い出す。あの時の直感は当たっていたのか、とナオは小さく笑った。
「……嫌な役回りをさせてすいませんでした」

 黒川は驚いたように目を見張り、笑みを浮かべた。
「変わった方ですね、あなたは。……和臣様はご英断なさった。あなたを誰にも取られたくない、手放したくない気持ちが良く判ります」
 
「……あの……僕は、その……」
 和臣の結婚宣言としか取れない発言を示唆され、ナオは背中にどっと冷や汗を掻いた。
「あれは……初耳で……あの場で、は……初めて聞いて……」

「─── ナオ!」
 ホテルの自動ドアが開き、顔を顰めた和臣が出てくる。
「なにやってる! そいつと話すな! 離れろ!」

「……それにしても、驚くほど嫉妬深い」
 ぼそりと呟いた黒川は、大変ですね、と付け加えて、和臣に手を引かれていくナオに気の毒そうな眼差しを向けた。
  

 

 

 

「……何話したんだ、黒川と」
 黒川との会話を反芻していたナオは和臣の低い声で我に返る。
 和臣はダイニングテーブルの上にワインボトルを戻した。瓶の口から赤い液体がなだらかなラインに沿って流れ、青いクロスに染みを作る。

 和臣の射竦めるような視線から逃れようとナオは目を伏せた。
「なにも……別に、なにも。……ほっとした、って。嘘吐いたり、嫌なことしたり、しなくて済むって。黒川さん」
 
 片眉を僅かに上げた仕草で、和臣の黒川に対する反発心が見て取れる。思わずナオは、黒川を擁護した。
「本当だよ。……黒川さんは、最初から、あんまり、……嫌だったみたいだもん。僕に、そのう、嫌なこと言ったりするの」

「だから?」
「……だから、って……」
「だから、黒川を許すのか? よもや仲良しこよしのおトモダチになったとでも言うんじゃないだろうな」

「……黒川さんは、悪い人じゃないと思う」
「お前な」
 ガタン、と乱暴に和臣は席を立った。その勢いのまま、ナオの腕を掴む。
 
 ナオは身体を竦ませて反射的に腕を引いた。怯えが伝わったのか、和臣は掴んだナオの細い腕に目を向け、青ざめた小さな顔を見つめる。
 ─── 腕を離した和臣は目を逸らして、ちッと舌打ちをした。

「……もういい。お前が許したきゃ許せ。好きにしろ」
「……」
 和臣の手が離れた自分の腕を、ナオはそっと撫でた。今日は一体何回、和臣に腕を掴まれただろう。触れられたその場所が熱を持つ。
 
 ナオは熱を帯びた自分の腕をきつく握りしめた。
「……僕、成沢さんとずっと一緒にいるなんて約束してないから」
 頑ななナオの声に和臣は肩を竦めた。
「何度同じことを言えば、……」

「何度でも言う。……成沢さんも、落ち着いて、よく考えたほうがいいと思う。……ちゃんと結婚したほうがいいって、判るはずだし、……今のうちに考え直して、明日、……お父さんと奥さんに謝ったほうがいい」
「いやだ」

 はっきりとした和臣の声は冷静で落ち着いていた。表情も激昂している様子はない。ナオはどうしようもなく惹きつけられるそのひとの顔を黙って見上げた。

 どうしようもなく、としか言いようがなかった。彼の姿、声、仕草 ─── 全てに引き寄せられる。離れてから、あれほど会いたくてたまらず、ほんの少しでもそばに近付きたくて ───。
(……一緒にいられた時も)
 
 一緒に暮らしていた時も、どうしようもなく好きだったのだ、と思う。─── 以前はこんなではなかった。誰かの ─── それは往々にして両親だったが ─── 心に、執着しても無駄だと幼いうちから知っていた。何も求めず、期待しないでいれば傷付かないで済む、と誰の心も欲しがらず、自分の心も見せたりしないようになった。

 外側だけ愛想良く取り繕った、そんなナオの心を和臣は無理やりこじ開けた。和臣は強引に自分の気持ちを教え込み、ナオの中に植え付けた。期待しても、想い求めてもいいのだ、と信じさせた。──── いや。
(……無理やり、とか、強引、じゃない。臣さんのせいじゃない。……僕が、自分の意志で、臣さんを好きになった)

 ……たとえそれが、自分の気持ちを向かせるだけの、和臣にとっては退屈しのぎの遊びにすぎなくても。

「……僕に飽きてたんなら、他の人と結婚するいい機会だと思って言ってるんだよ」
「ああ?」
「僕がすっかり臣さんのこと、好きになったから、もういらなくなったんでしょう。……好きになった、って、全部自分のものだって気付いて、……もう僕のこと、つまんなくなったから、……」

「つまらなくなっただと?」
 恫喝するように和臣の声が低くなる。剣呑な目がナオを見下ろす。
 それでもナオは俯いたまま言葉を繋げた。
 
「……よそよそしくなって、僕のこと避けて、……ケータイとか、気にしなくなったし、……黒川さんから電話かかってきた時だって……」
 
 自分でも、駄々を捏ねるようなこんなみっともない言葉は言いたくなかったし、自分の耳で聞きたくなかった。
 それでも口が止まらない。
 
「……黒川さんのこと、怒るのってすじ違いだと思う。おかしいよ。……臣さんが僕のこと興味なくなって、誰と会うとか、どこにいくとか……全然、無関心で……だから……僕、黒川さんに会って……」
 自分に関心を持って欲しかった、と切望していたことを吐露した恥ずかしさでナオは真っ赤になり、目を潤ませた。
 顔を背ける。

「……もう、いい」
 ドアへ向かうナオの肩を掴んで、和臣は無理やり振り向かせた。

「いいってば。なんでもない」
「ナオ」
「……なんでもないったらっ……」

 顔を背け続けるナオの両腕を掴んで、和臣は向かい合わせになる。決して合わせまいとするその目に、今にもこぼれそうな涙が浮かんでいた。

 

       

      目次最終話
  

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