« 加筆など | トップページ | 冬休み »

ヘヴンズブルー2・後日談「この空の下」1

   

   1.  

 
「え、ヘヴンでバイト? 今?」
「そうなんですよー」
 肩よりも長かった髪の毛を短く切ったレイは、驚くナオににっこりと笑いかけた。

「だから、変装してみようと思って。ピアスも開けたんです」
 左耳を触ってブラックオニキスのピアスとチェーンで繋がったイヤーカフを示す。そんなレイにナオは目を丸くした。
「はあー、なんかすっごいカッコよくなったねえー」

「……そうですか?」
 そういうことはもっと早く思って欲しかったな、と心の中でレイは呟く。もちろんナオは気付かず、明るい声で続けた。

「そうだよー、びっくりした、……でも、なんでヘヴンでバイトしてるの?」
「牧田さんが店長になって」
「あ、知ってる。臣さんが「牧田に任せたから、あんまり店に顔出さなくて済む」って言ってた」

「……よっぽどナオさんと一緒にいたいんですね、あのひと」
「そういう話じゃないよっ……レイのバイトの話でしょ!」
「はいはい」
 
 恥ずかしそうに頬を赤らめて睨んでくるナオをレイはじっと見つめる。─── たとえ完全に他の男のものになったとしても、やっぱり目の前のこのひとは可愛らしい。
 しつこい自分の気持ちに呆れて苦笑いが漏れた。

 昼時を外れたファミリーレストランで二人は会っていた。連絡を取り合ってはいたが、ナオがヘヴンズブルーのオーナーの元に帰ってから二人で会うのは初めてで、すっかり様変わりしてしまったレイにナオは驚きの表情を見せた。

 九月も半ばを過ぎ、残暑は厳しかったものの季節は徐々に秋に変わりつつあった。あの暑かった夏の十日間、ナオと一緒に暮らせた十日間は夢のようにレイの中に残っていたが、結局夢だったのだ、とも思う。

(……だってナオさんはあのひとのそばにいるだけでちゃんと嬉しそうに笑ってる)
 それはあの頃、自分に見せたあの笑みとは全然違っていて。
 
(だから、もう、仕方ないや)
 そんなふうに考えるとすっきりと心が軽くなる。そのおかげでレイはナオを前にしても自然にふるまうことが出来た。
 
「で、ナオさんのノロケは置いといて、俺のバイトの話ですけどね」
「もうっ、ノロケてないよ!」
「牧田さんがうちでバイトしないかって。河合さんがフロアマネになって、人手足りないから、なるべく店のこと知ってる人がいいんだって。……前、ちょっとアレだったから、最初断ったんだけど」

『変なこと言ってくる奴がいたら店長権限で出入り禁止にするから。頼むよ。レイくんみたいにしっかりしてるスタッフが欲しいんだ』
 
「……まあ、ちょっと借りがないわけじゃないし」
 ナオが今こうやって笑っていてくれるのは、多分に牧田のおかげだ。牧田が段取りをつけてくれなければ、ナオは未だに自分のところにいて、ひょっとしたら自分のものになって、そして笑ってくれなくなっていたかもしれない。

 それは、自分のものにしたかった気持ちがないわけじゃないけれども。
 でも、本当には笑わないナオを見るくらいなら、自分のものでなくてもかまわない。─── レイは、ふっと浮かんだ笑みをナオへ向けた。
 
「社会勉強のつもりでやってみようかなって」
「ふうん……」
 釈然としないのか、首を傾げたナオはじっと観察するようにレイを眺める。やがてそれぞれオーダーしたアイスコーヒーが運ばれてくると、ナオはすぐに気を逸らしてグラスにストローを差した。

「……」
 黙り込んだまま、レイは自分のグラスの底に溜まったガムシロップをかき混ぜる。ナオの視線に自分の気持ちを見透かされたような気がした。
 
 バレるならバレてもかまわない、と開き直る気持ちと、ナオに警戒され、今までの甘えるような仕草と口調がもう見られなくなってしまうかもしれないという恐れがない交ぜになり、落ち着きを失わせる。カラカラと氷が鳴るグラスのストローに口を付けた。

 ナオは頬杖を突くと、黙ったままアイスコーヒーを飲んでいるレイに上目遣いの視線を向ける。
「そうかー、社会勉強か……僕も一緒にバイトしようかな。ヘヴンで」
 レイの咥えたストローから逆流した泡がアイスコーヒーの水面をごぼっと揺らした。

「出来るわけないでしょうっ、ナオさんが!」
「ええ!? なんで!?」
 
 どうやら気持ちを見透かされた云々は杞憂だったらしい。レイは心の中で安堵しながら、それをおくびにも出さず説明する。
 
「プロポーズされたんでしょう、オーナーに。どういうことか判ってるんですか? オーナーの養子になったらヘヴンだって、他のビルとかだって、その内ナオさんのものになるんです。経営者になるんですよ? ていうかナオさんが欲しいって言えばオーナーは今すぐでもくれると思いますけどね、ヘヴンでもなんでも」

「ええ……?」
 ナオは思いもかけないことを言われた、というように目を瞬かせた。
 恐る恐るレイはそんなナオを覗き込む。
「まさか、……考えてなかったとかじゃないですよね?」

「僕、……断ろうかな。やっぱり」
 俯いて背もたれに背中を預けたナオは、眉間にしわを寄せてぽつりと言った。
 げッと思わずレイは声に出してしまう。─── プロポーズの意味をよく考えていなかったナオにそれを教えて、結果怖気づいたナオが断るなんてことになったらヘヴンのオーナーに本気で殺されてしまう。

「いや、あの、断る必要はないと思いますよ? その指輪だってもらって、断れる段階じゃないでしょ?」
「あ、これ」
 二人で同時にナオの左手の薬指に目を落とす。そこには周囲にダイヤが埋め込まれたリングがあった。

 ナオはさりげなく右手でそれを隠した。
「……いきなりショップ連れてかれて、VIPルームみたいなところでちょっとこれがいいって言ったら、もう外さなくていいって言われて……」

 その光景がレイの目に浮かぶようだった。ぼ-っと指輪を見せられて、ぼーっと試して、ぼーっと「これいいねえ」なんて言ってしまったナオ。
 約束の証しを欲しがるナオでないことを知っているヘヴンのオーナーは、わざと突然、何も言わずに指輪を選ばせたのだろう。

「……どこですか、それ。ブランド」
「さあ……? ハリーなんとかって」
 高級宝飾店の名前がレイの脳裏を過ぎる。ぼーっと買わないで欲しい、とため息が漏れた。

 左手の薬指のリングを弄りながらナオは俯いた。
「これも返すよ。返品とかって出来ないのかな?」
「……少なくとも俺はそのブランドの返品って聞いたことないです」

「ああー、……そう?」
 でも臣さんに返せばいいよね、と朗らかにナオは答える。レイは思い切り頭を横に振った。
「いやマズイです、それはマズイです、もらった指輪突き返すなんて、プロポーズ本気で断るつもりなんですか、ナオさん」
「うん。あ、でも、いられたら、ずっとそばにいるつもりだけど」

「……」
 いられたら、って……そういうこと言うからオーナーが焦って、だまし討ちみたいに指輪嵌めさせられたり、なにも気付いてない内に籍入れられそうになってるんですよ! とレイは心の中で叫んだ。
 顔を手で覆ってテーブルに肘を突く。頭が痛い。

「レイ? 大丈夫? 具合悪い? 僕、なんか悪いこと言った?」
 ─── いや。ナオさんは悪くない。未だにモタモタと、プロポーズ止まりに終わっているあの男が悪いのだ。だまし討ちでもなんでもいいからとっとと落ち着いて欲しい、とレイはため息を吐いて、心配そうなナオに笑顔を向けた。
 
「いえ、ナオさんのせいじゃないです。……それにしても、オーナーにしてはずいぶんトロいんじゃないですか。まだ籍入れてないなんて」
 ナオがレイの元を去って、あの男のマンションに帰ってから一ヶ月は経つ。ヘヴンであの男にナオから預かっていた現金を返したときは、次の日にでも養子縁組届を振りかざしそうな勢いだったのに。
 
「あー、うん……それがさあ、……」
 口ごもりながら目を逸らすナオの様子に、レイは目を眇める。─── このひとが歯切れの悪い時は油断ならない。黙ってあの男のマンションを出てしまったときもこんなふうだったのだから。
 
 また何かごちゃごちゃともめてるのか、とレイは先を促した。
「それが、なんですか?」
「……その言い方ー。……前は、言いたくなかったら言わなくてもいいって、優しかったのに……」
「俺、学習したんです。ナオさんを黙らせといてもこじらせるだけだって」

「こじらせるって……」
 はは、と力なく笑うナオにレイは無言のプレッシャーをかける。それに負けたようにナオはしおしおと話し出した。
「……臣さんさ、僕の両親にあいさつに行くって」

「はあ。あいさつに。……あ、あいさつ、って『息子さんを下さい』って?」
「うん……まあ……籍入れるって、報告? みたいな?」
「みたいな? って……もう行ったんですか? まだ?」

「まだ。……てゆーか、僕、臣さんと両親会わせる気、ないから」
 意外なほどきっぱりとした口調で言うナオにレイは気圧され、窺うように訊いた。
「……許してくれなさそうだからですか?」

「違うよー。むしろ逆。どうぞお好きに、ってカンジ、僕のことなんて別段どうでも、……」
「……」
 寂しそうな、それでいて冷めたナオの口調はあまり良くない家庭環境を思わせる。なんとなく察してしまったレイはナオをただ見つめた。

「……僕はいいけどさー、臣さんはきっとイヤな気持ちになると思う。怒り出すかも。……だから会わせない」
「……それでまだ籍入れてない?」

「そう。臣さんてさー、頑固で古風なんだよー。もう少しでハタチになるから、そしたら親に会わないでも籍入れられるから、って言っても、ハタチだろうが三十路だろうが俺はあいさつに行く、って……」
 言いながら目を伏せたナオはみるみる内に赤くなっていく。きっとそれを言われた時にナニかあったのだろう、とあたりを付けたレイは、ナオに聞こえるように大きなため息を吐いた。

「まあなんだっていいですけどね。またもめないで下さいよ。ナオさん預かるの、結構大変なんですから」
 そういう意味では指一本触らせてもらえなくて。心の中で呟いたレイに気付かず、ナオは口を尖らせた。

「ええー、そんな大変だった?」
「大変でした。寝言で臣さん臣さんって。ちっとも眠れない」
「うそ、……マジで?」

 赤い顔のままナオはぽかんと口を開けた。……本当はナオの寝言など、一度も聞いたことがない。寝言はおろか、ナオは見事に一度も、あの男の名を口にしなかった。自分が無理に訊き出したあの時、ナオが泣いたあの夜以外は。
 
 そんなナオだから、もううちに来てもらっては困る。あの男のことを忘れた、と勘違いしてしまうかもしれないじゃないか、とレイは目を逸らした。
「……素直に両親に会わせて籍入れたほうがいいと思いますよ、俺は」

「ヤダよ」
 ナオは赤くなった顔を自分の手の平で仰ぎ、そっぽを向く。
「絶対ヤダ。臣さんと会わせるなんてありえない」
 
「ありえますよ。相手の親にあいさつに行きたいなんて、真っ当な社会人じゃないですか」
「僕は真っ当じゃなくたっていいもん。そもそも真っ当じゃないし。だったら籍入れなくたっていい。……あ、そうか、ちょうどイイじゃん。指輪返して、籍入れるのやめて」
「ナオさん」

 らしくない乱暴な思いつきを口にするナオにレイは心の中で両手を上げた。何もかも言いなりになるようでいて、何一つ思い通りにならないのがナオなのだ、ということを忘れていた。
 すっかり振り回されている状況がおかしくて、笑みが浮かぶ。

「子供じゃないんですから。聞き分けのないこと言わないで」
「あッ、バカにしてるー! そういうのよくないよ!? 僕は、ただ、籍入れなくたって、臣さんのこと」

「こと?」
「……だから……その……」
 トーンダウンして俯くナオの顔を、レイはわざとらしく覗き込んだ。
 籍を入れなくていいというナオの投げやりな言葉は、両親とあの男を会わせたくない、ただそれだけの為だと判っていた。現にナオはこうして、一生あの男のそばにいたいと思っている。

 そばかすのある白い頬をわずかに赤らめて、目を逸らしているナオをじっと眺める。─── 自分への想いを他の誰かに言われてそんなふうに恥ずかしがるナオになって欲しい、と思ったこともあったけれど。
 
「……ま、これ以上ノロケられたくないから追及しませんけどー。そんな好きなら、いろいろとちゃんとしたほうがいいと思いますよー」
 悔し紛れに棒読みで忠告するレイにナオは即答した。
 
「ヤダ」
 腕を組んで、ふてくされたように椅子の背に深くもたれる。
「絶対ヤだからね。いくらレイの言うことでもきけないよ」
「……俺の言うことなんて、今までなにひとつとして素直にきいてくれたことなんかないじゃないですか……」

 苦笑いしながらレイは、浮かないナオの表情をただ見つめていた。

 

 
      

    
  ヘヴンズブルー2・目次この空の下・第2話
  

↓*投票して頂けると嬉しいです

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
にほんブログ村 

 

  

« 加筆など | トップページ | 冬休み »

コメント

この空の下 ヘブンズブルー2の後日談の連載が始まっていたんですね。知らなかった・・!!
またちょくちょくチェックしなければ・・・
ツイッターの名前は八月金魚さんじゃないのですか?
検索しても見つからないのです。

八月>すいません、ツイッターはやってないのです…。完全に時代の波に乗り遅れた(^_^;)
ヘヴン2後日談のほうは完結のメドが立ってない(…)ので、ランキングサイトとかにも告知せず、細々と連載始めてみました。目次が出来たら、自分を追い込むつもりで大々的に(?)告知しようかな…と目論んでます。
いつもコメントありがとうございます。(*^-^)
完結までちょっと時間がかかりそうですが、よろしくお願いします。
 

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ヘヴンズブルー2・後日談「この空の下」1:

« 加筆など | トップページ | 冬休み »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

リンクⅡ

  • 拍手お礼画像等を使わせて頂いています


  • アルファポリス


     
  • 雪ひろとさんと鷹槻れんさんのサイトです。


ブログバナー

  • Bromance

    リンクフリーです。報告は任意でお願いします。
無料ブログはココログ