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ヘヴンズブルー2・後日談「この空の下」3

 

    3.

 

  
 ナオを置いてアパートを出たハルは、ヘヴンズブルーへと足を向けた。
 成沢さんとナオが夫婦ゲンカ中だ。この面白い出来事を誰かに話さずにいられようか……と、とりあえずヘヴンに行ってみることにした。ヘヴンには牧田も河合も、きっとレイもいるはずだ。
 
「牧さん、オーナーとカレシが揉めてるみたいだけどなんか知んない?」
「……ハルくん。久しぶりだね」
 開店直後のヘヴンズブルーに現れたハルを見て、牧田は静かに驚いたようだった。いや、牧田が驚いたのは、ハルを見て、というよりも訊かれた内容だったのかもしれない。

 カウンターの向こうで牧田は軽く肩を竦めるような仕草をした。
「どうして知ってるの、……別に揉めたりしてないよ。ちょっとした口ゲンカ」
「アレ、オーナーご夫妻のケンカには箝口令でも敷かれてんの?」

「難しいこと言うね。彼氏の影響かな?」
「牧さん!」
 牧田は拭いていたグラスをクロスの上に置きながら、涼しい顔でハルをからかう。ハルは舌打ちしかけて、やめた。初めて会ったときに『餌付け』されて以来、なんとなく牧田には頭が上がらないのだ。

「……オレじゃなくてナオのこと! ごまかそうとしてもダメだかんね」
「ごまかすなんて人聞きが悪い。大して何も知らないだけだよ」
「ウソばっかり。牧さん、なんでも見てんだから。ぜんぶ知ってんでしょ」
「さあね」
 
 すっとハルの前に手際よく注がれたオレンジジュースのグラスが差し出される。不満そうに牧田を見上げながら、ハルはストローを咥えた。
「牧さんが教えてくれないなら、いーよ。お宅の可愛いナオちゃんは預かってます、ってオーナーに脅迫電話かけてやる」

 再びグラスを拭き始めた牧田の手からクロスが滑り落ちる。牧田を動揺させたことにハルは満足げな笑みを浮かべた。
「……ナオくん、ハルくんとこにいるの?」
「まーね。なんか深刻っぽいよ? オレと話すの、キツいみてー」
「きついって……」

「んー、ヤキモチってやつ?……ナオってさあ、そーゆーの平気な方だと思ってたけど、今ちょっと気にしてる」
「焼きもち、ねえ……ハルくんには悪いけど、いい傾向。ナオくん、捉えどころがないから」
 眼鏡の奥で牧田の目が微かに笑う。ハルは面白くなさそうに口を尖らせた。

「どうしようもなくなってるナオって可愛いけどさー、ああいう不安定なのって、オーナーとケンカしてるせいなんじゃねーの。……原因教えてよ、牧さん。でないとマジでオーナーに脅迫電話かけるよ」
「……ナオくんは話してないの。理由」

「訊く前に出てきちゃった」
「ナオくんが、きみに嫉妬して辛そうだったから?」
 はは、とハルは肯定も否定もせずに笑う。牧田は上目を天井に向けた後、嘆息した。

「ハルくんも案外そういうとこ敏いよね」
 ハルは首を傾げて、素知らぬふりをする。……子供のころから他人の中で集団生活を送ってきたハルにとっては、ひとの気持ち、特にマイナスの感情に敏感になるのは当たり前のことだった。

 それでも、ただの他人にマイナスの感情を持たれるのは構わない。それを変えようとは思わない。しかし、ごく一部の人間は別だ。どうしても嫌われたくない場合もある。
 そのごく一部の人間の場合に、ナオは入っていた。

「オレのことなんてどうだっていいよ。ケンカの原因、教えて?」
「……何でも知ってるってわけじゃないよ。ただ、オーナーがナオくんのご両親に挨拶に行きたい、って言うのをナオくんが渋ってるって話」
「やっぱりなんでも知ってんじゃん」

「ちょっと聞いただけだよ。詳しくは知らない。どうしてナオくんが嫌がってるのかも」
「……ふつう、恋人が男だったらあいさつに来んのやめさせようとすんじゃね?」
「そうかもね」
 そう言いながらも牧田は、ナオが、成沢が両親に会うのを快く思わないのは別のところにあるのを知っているようだった。
 
 牧田に探るような視線を向けつつ、ハルはにやにやと笑った。
「ふーん……オーナーが、ねえ。交際させて頂いてます、って?」
「いや、ナオくんの名字が変わ……」
 成沢とナオのプライベートに踏み込んだ発言に気付いて、牧田は口を噤む。それを聞き逃さなかったハルは目を丸くした。

「マジで? 変わったの?」
「……まだだよ。だから、変える前の、挨拶」
 自分の失言に呆れたように牧田はため息を吐いた。

「へえー、ナオの両親に籍入れるの許してもらおうって? あ、簡単に逃げられないようにするためか、ナオに」
「……否定はしないけどね」
 
 牧田は微笑んで、拭き終えたグラスをクロスの上に並べる。奥の厨房から「店長」と呼ぶ声が聞こえて、若いスタッフがひょこっと顔を出した。
「田中さん休みですって、今連絡ありました」
「そう、……困ったな」
「河合さんに連絡して来てもらいましょうか?」

「そうだね。ここ、頼むよ」
 牧田と入れ替わりで若いスタッフがカウンターの中に立つ。
「いらっしゃいませ。……店長がお相手出来なくて、申し訳ないけど」
「─── レイっ?」

 若いスタッフの顔を見た時から、見間違いか、勘違いか、とハルは何度も目を瞬かせていた。髪型が変わっていたし、制服姿を見るのも初めてだったからだ。
 しかし、何度見直してもそれは、成沢がいると知りつつナオに思いを寄せていた彼に違いなかった。

 驚いたハルは矢継ぎ早やに質問を飛ばす。
「店長って? 牧さんが? レイ、なにやってんの? なんで? オーナー知ってんの?」
「……どれから答えましょうか?」
 
「いや待って、牧さんは店長になったんだ、そうだろ?」
「正解です」
「牧さんなら適任だもんね、今まで任されなかったのが不思議なくらい、……で、それはいいとして、レイは……レイは?」
「バイトです。まだ新人ですが」

 にっこりと笑うレイを見上げて、ハルはぽかんと口を開けた。レイにも会えるだろうとは思っていたが、まさかこんな形で会うとは思っていなかった。
 
 綺麗に整った人形のような顔だ、とかつてハルをして思わせたレイは、短く切った髪の毛が似合う精悍な男になっていた。
 ……コレは成沢さん、ヤバいんじゃねーの、と心の中でハルは思いながら、最後の問いを訊いてみた。
「……オーナーが、面接とかしたの?」

「いいえ? 俺の雇い主は店長です。オーナーは四、五日前においでになられて、苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔をなさってから、一度もお見えになっていません」
 慇懃無礼の見本かと思うほど、丁寧な口調の中に底冷えがするような反発心が見える。まだ全然ナオのこと諦めてねぇし、とハルは空々しく笑った。

「そっか、……知ってんならいーんだ 」
「昼間、ナオさんに会ったんですけど、オーナーはナオさんに俺がここでバイトしてるって言ってなかったみたいです」
「そりゃ言わないでしょ。言ったら、ナオ、絶対遊びに来るもん」

「……ハルさんもオーナーの味方なんですね」
「まーさかぁ。オレはオーナーの味方じゃなくて、ナオの味方。ナオがオーナーのこと好きだから」
 言いかけてレイを上目で見る。スタッフの制服は良く似合っていたが、レイの表情はスタッフらしくなく豊かに不満を表していた。

「……思いっきりカオに出てんだけど。仏頂面」
「すいません。本当のこと言われてついムカついてしまって」
「本当のことだって、認めるんだ」

「……」
 横を向いて悔しそうな顔をするレイを、ハルは頬杖を突いて眺めた。レイはナオの気持ちを当の本人よりも判っているらしい。
 そのレイの手が伸びてきて、空になったハルのグラスを下げた。代わりに同じオレンジ色のジュースが入ったグラスが置かれる。

 それを口にしながらハルはレイを上目で見た。
「……あのふたり、今ちょっとおかしいだろ」
「え……ああ。いや、おかしくないですよ。ぜんぜんラブラブです」
「断言するんだ? 横から入りこもうとかって思わねーの」

「……無理だって悟りました」
 悟っちゃった、とハルは肩を震わせて笑う。
 憮然とした表情でそんなハルを見つめていたレイに、牧田から声がかかった。
「レイくん、……ちょっと」

「どうしました?」
「……オーナーから電話、……レイくんに代われって……」
 牧田は困惑しているように言いながらレイを手招きする。カウンターから繋がっている厨房入口で店のコードレスフォンをレイに手渡した。

「はい。なにか。……え?」
 つっけんどんに応対したレイの顔色が話すうちに変わっていく。焦りを帯びる口調にハルは聞き耳を立てた。
「帰ってない……? 俺、知りませんよ、……確かに会いましたけど、昼間、……うちには来てませんよ、マジで、……本当に帰ってないんですか?……バッくれてませんて」

「レイー」
 グラスを振ってわざと通話を遮る。レイは今初めてハルに気付いたように顔を上げた。
「これ、おかわり。それとデンワ代わって?」

 表情を強張らせているレイにグラスを渡し、コードレスフォンを受け取る。ハルは快活に言い放った。
「あ、成沢さん? ナオはオレがラチったよ。返さねーから。じゃーね」
 送話口の向こうで何かわめき声が聞こえたが、無視して電話を切る。 

 にこにこと笑ってコードレスフォンを返すハルを、レイはぼう然と見つめた。
「ラチったって……ナオさんを? マジですか?」
「うん。今、家にいる」
 
「どうして、……なんで。返して下さいよ。オーナーに。ナオさんが帰ってこないってなったら、あのひと今度こそ血眼になって探しますよ」
「レイこそオーナーの味方なんじゃねーの?」
「やめて下さい。巻き込まれるのがイヤなんです」

 嫌なことを思い出したようにレイは眉間にしわを寄せる。なんかあったな、とハルは思いながらも追及せずに話を元に戻した。
「で、ケンカの理由、牧さんに訊いたんだけど。オーナーがナオの両親にアイサツしたがってんだって?」

「……そうみたいですね。ちゃんとしたオトナの分別ってやつですか。そういうところは真っ当な大人なんだって認めますよ。ナオさんは真っ当じゃなくていい、なんて言ってましたけど」
「恋人が男なんて紹介出来ないって?」
「違いますよ。恋人がどうとかじゃなくて、……親が自分には無関心だから、紹介してもムダだと思ってるみたいです。……紹介しても、どうでもいいような態度とられるだけだ、って」

「───」
 ハルは言葉を失ってレイの俯き加減の端整な顔をじっと見た。─── ハルの両親はずっと以前に亡くなっている。柚月の両親もだ。兄弟もおらず、身内にパートナーを紹介するといったような状況はこれから先もないだろう。
 
 それでも、もし、母親が生きていて柚月を紹介するということになれば躊躇する、と思う。自分に関心のある母親に泣かれたり、誹られたりするかもしれないと考えるからだ。けれどナオは……。
 無関心、とハルは口の中で呟く。その言葉は氷のような冷たさで、ハルの心に重く沈んだ。

 レイはハルの前に新たなグラスを置いて、ちらりと視線を向けた。
「……そんな顔されると、俺がなんかしたみたいで困るんですけど」
「……そんなへんな顔してる? オレ」
「……」
 
 何も言わずにレイはハルから目を逸らす。ハルは顔を手の平で覆って擦った。……ナオに安っぽい同情を押し付けるつもりはなかった。そんなのは、ナオに失礼だ。
 両親がどうであれ、今のナオに同情する理由は微塵もない。あんなに成沢さんに想われてるじゃないか、とハルは思う。
 
「……判らなくもないです。ナオさんが両親に恋人を会わせたくないと思うのって」
 レイの静かな声が頭上から降ってきた。

「でも、俺は会わせるべきだと思いますよ。オーナーが会うって言ってるんだし。親の反応が予想通りでも、構わないじゃないですか。……そんな親なら必要ないし、それこそオーナーがいてくれる」
 
 レイが置いたグラスをハルはぼんやりと眺める。その通りだとハルは思った。……両親のいない自分に限らず、誰でもいずれは親から離れなければならない時が来る。
 その時、大事な人がいるナオはむしろ幸運なほうなのだ、とハルは笑みを浮かべた。

「─── そうだね。レイもいてくれるしね」
「俺なんか物の数に入っていません。一緒に生活したってまったくこれっぽっちも眼中に入れてくれませんでしたから」
「え? なにそれ」

 ……成沢の実家から横やりが入り、マンションを出たナオがしばらくレイと暮らしていたことを聞いたハルは、気の毒そうな目を向けた。
 そんな目を向けられるなんて心外だ、と言わんばかりにレイは顔を背ける。
「そういう目で見るのやめてもらっていいですか」

「いや、指一本触らしてもらえなかったんだろうなー、と思ってさあ」
「……どうして店長もハルさんも、イヤになるくらい本当のこと言い当てるんですかね」
 ぶっきらぼうに言うレイに、ハルは、やっぱり、と笑顔を向けた。

 

 

   

 
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コメント

このシリース゛好きで多分もう4回くらい全話読み返してます(*^_^*)
私はどっちかっていうとハルと柚月よりナオと成沢の方が好きです!
ヘブンズブルー2も更新待ってるんで、是非完結させてほしいです(。・_・。)ノ
 
 
八月> コメントありがとうございますヽ(´▽`)/ ナオと成沢のほうが好き、というご意見、大変嬉しいです。ああ、そうかあ、と感じ入っております。ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ
ヘヴン2も後日談なので、蛇足にならないか、と不安を感じつつゆっくりと書いてます。ささやかな希望ですが、過去よりも今や明日を大切に思うような話になってくれたらなあ、と思っています。あっ、ちょっと大風呂敷。モジモジ(。_。*)))
何はともあれ、楽しく思って頂けるのが一番です。更新、なるべく早く頑張ります。

 

> ハート賞おめでとうございます。
あの作品も大好きです。
萌えポイント満載です。
もう一回読み返そうって思う作品でした。
ちょっと悩んで、でもハピエってのが好きです。
3話の更新、嬉しいです。
ゆっくり更新でも、いいので楽しませてください。
目次作ってもらえて助かります。

八月> ありがとうございます。萌えが書き手と読み手の方で合致してるかどうかって重要ですよね。リーマンもの、ほんとは下剋上でやりたかったんですが、書いたら同期になりました…でも数ヶ月の差で高階が年上な設定(^-^; 出てこないって、そんなウラ設定(;´д`)トホホ…
第3話の更新、ずいぶん遅れてしまいました。待って頂けて嬉しいです。これからもよろしくお願いしますo(_ _)oペコッ
 
 

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